2025年5月30日
要約
スマートフォンの保有率(世帯)は90%を超え*1、人工知能(AI)が搭載された端末も普及し始めています。クラウドを通じた生成AI技術の進化も目覚ましく、AIサーバー市場が活況となっています。AIは膨大なデータが必要で、世界の通信トラフィックの急増に拍車をかけています。銅箔をはじめとするプリント配線板材料への高速伝送特性のさらなる向上が求められています。
高速伝送線路の信号は、銅箔の表面に集中します。銅箔に対しては、表面の低粗度化に加えて、異種金属表面処理の最適化を行うことにより、表面導電率を向上させることが効果的です。本稿では、高速伝送線路用銅箔の表面導電率を正確に評価するために、ファブリ・ペロー共振器(FPOR)を用いた手法を紹介するとともに、信号品質(Signal Integrity, SI)に与える影響について報告します。
キーワード
高周波プリント配線板、銅箔、ファブリ・ペロー共振器、AIサーバー
はじめに
高周波プリント配線板に求められる伝送損失の低減に対する銅箔(導体)のミッションは、導体損失を低減することです。銅箔の導体損失を支配する一つの重要な要素として、表皮効果が挙げられます。表皮効果は、信号周波数の高まりとともに、見かけ上(導体中央部では逆向きの誘導電流により相殺される)信号電流が導体表面に集中することにより、導体損失の増大を招きます。信号電流が集中する深さを表皮深さと呼びます。
導体である銅箔回路に、高周波信号がより良く流れるようにするためには、銅箔の表面導電率を向上させることが求められます。
具体的には、平滑性(低粗度化)と銅以外の異種金属表面処理の調整が重要となります。
銅箔の平滑性は、表面性状パラメータとして、IPC-4562B規格では最大高さ粗さRz、又は特に低粗度領域に対しては算術平均高さSaで評価することが示されています。なお、記号頭文字のRは線粗さ、Sは面粗さのパラメータです。
異種金属表面処理は、プリント配線板に加工する際に必要な特性を付与する目的で様々な表面処理が適用されています。例えば、プレス加工時の耐熱性を付与するための亜鉛や、エッチング工程での回路への薬液の耐浸み込み性を付与するためのニッケルなどが挙げられます。これらは表面の導電率を低下させる処理ですが、無くすことはできませんので適切な付着量や付着形態を探求して施されています。
高速伝送特性は、一般的にSパラメータを用いて評価されています。マイクロストリップライン(MSL)などの被試験体(Device Under Test, DUT)を、ベクトルネットワークアナライザ(VNA)に接続し、計測周波数に対するSパラメータを得ることで伝送特性が評価できます。Sパラメータには、銅箔が関与する導体損失の他、誘電損失なども合算して表現されます。またMSLを作製する際の、プレスやエッチングの出来栄えもばらつきとして計測されます。
昨今の高速伝送線路用銅箔の表面粗さの調整範囲や異種金属表面処理の調整範囲は非常に狭くなっており、Sパラメータで正確に評価することが困難になってきています。粗さに関して具体的には、JPCA KHS01規格において、算術平均高さSaを用い、0.6 µm以下をUA、0.3 µm以下をUB、0.1 µm以下をUCとする区分が示されています。
本稿では、高速伝送線路用銅箔の導体損失部分を正確に計測できる手法としてFPOR法に着目し、その評価結果を示すとともに伝送特性へ与える影響を評価しました。
Sパラメータの評価
電磁界シミュレータを用いて、銅箔の表面粗さ(二乗平均平方根粗さ, RMS)を0.1から0.3µmの範囲として、MSLのSパラメータの変化を解析しました。設計条件と解析結果をFigure 1及びFigure 2に示します。

Figure 1 マイクロストリップラインの断面構造と条件

Figure 2 RMSを可変させたときのS21パラメータ
長さ1 inch(25.4 mm)のMSLに対し、周波数50 GHzにおいて、銅箔(シグナル)のRMSが0.1 µmから0.3 µmの間には、0.210 dBの差が生じることが分かりました。
次に、実際にMSLを作製し、Sパラメータのばらつきを調査しました。
高速伝送線路用のプリプレグと銅箔を準備し、Figure 3に示す手順でTop-ground MSLを作製しました。MSLの特性インピーダンスZ0は50 Ωとなるように設計しました。

Figure 3 Top-ground MSLの作成手順
この時、プリプレグと銅箔は同じ製造ロットとし、プレス工程以降をn=6として長さの異なる2種のMSLを作製しました。作製したMSLに対してVNAを接続してSパラメータを計測、IPC-TM-650 2.5.5.14に記載の2X-Thru De-embeddingを行いインチ当たりで評価しました。結果をFigure 4に示します。

Figure 4 高速伝送線路用材料を用いたn=6のS21パラメータ計測結果
周波数50 GHzにおける6σの範囲は、0.385 dB/inchでした。
つまり、このことはMSLラインの作製および計測までの一連の手順内におけるばらつきの影響を考慮すると、高速伝送線路用銅箔の微小な粗さ変化をSパラメータ法で捉えることに限界があることが示唆されます。
表面導電率の評価
銅箔の導体損失を正確に計測するための手法として、銅箔の表面導電率を計測可能な共振器について調査しました。共振器は、誘電体の誘電特性を計測する際に一般的に用いられている手法です。
例えば、プリント配線板の平面方向(XY方向)の計測手法としてJPCA UB01規格に示される空洞共振器摂動法やスプリットポスト(SPDR)法、厚さ方向(Z方向)の計測手法としてJPCA KHS01規格に示される平衡型円板共振器(BCDR)法があります。一方で、共振器によって、計測ばらつきに差があることが報告*2されており、どのような共振器を選択するかは、目的に応じて慎重に選定する必要があります。
銅箔の表面導電率を計測可能な共振器の代表例をFigure 5に示します。

Figure 5 表面導電率を計測可能な共振器の模式図
種々の検討を行った結果、誘電体円柱共振器法(DRR)や平衡衡型円板共振器(BCDR)法は、測定系の中心を正確に合わせる必要があり、また接圧によるデータのばらつきが少なからず認められました。対してFPOR法は誘電体が不要(誘電体付銅箔でも測定は可能)であり、試料の設置が容易でデータが安定していました。よって、共振器法としてFPOR法を選定し評価をすることとしました。
高速伝送線路用銅箔の同一ロットに対して、FPOR法にてn=6で表面導電率を評価した結果をFigure 6に示します。

Figure 6 高速伝送線路用銅箔を用いたn=6の表面導電率計測結果
周波数50 GHzにおいて6σの範囲は0.035でした。この表面導電率のばらつき範囲がSパラメータでどの程度の影響に相当するかを確認するために、電磁界シミュレータを用い、銅箔の粗さをRMS=0.1 µmとして解析しました。結果をFigure 7に示します。

Figure 7 導電率の差分を電磁界解析でSパラメータに換算した結果
周波数50 GHzにおいて6σの範囲は0.002 dB/inchでした。FPOR法による導体損失の計測は、高速伝送線路用銅箔に対して、ばらつきが少なく評価できる手法であることが分かりました。
高速伝送線路用銅箔の評価
表面粗さの異なる高速伝送線路用銅箔3種類(二乗平均平方根高さSq = 0.03, 0.15, 0.22 µm)について、FPOR法によって表面導電率を計測した結果をFigure 8に示します。

Figure 8 表面粗さの異なる銅箔の表面導電率計測結果
僅かな銅箔表面粗さの変化も、はっきりと差として捉えられていることが分かります。
次に、異種金属表面処理であるニッケルに対してその量を3水準に振った際のFPOR法での表面導電率の計測結果をFigure 9に示します。

Figure 9 異種金属表面処理量の異なる銅箔の表面導電率計測結果
異種金属の差についても、精度良く分離計測できていることが分かります。
まとめ
高速伝送線路用銅箔の評価にあたり、昨今の銅箔の表面粗さの調整範囲や異種金属表面処理の調整範囲は非常に狭くなっており、Sパラメータで正確に評価することが困難になってきています。
FPOR法により、銅箔の導体損失部分の評価が精度よくできるようになり、銅箔の各種パラメータが導体損失、すなわち実際に計測されるSパラメータに与える影響を正確に評価することが可能となりました。
参考資料
- *1 総務省、令和5年通信利用動向調査の結果(令和6年6月7日)
- *2 IEEE MTT-S International Microwave Symposium 2023 in San Diego
- IPC-4562B - October 2023 Metal Foil for Printed Board Applications
- IPC-TM-650 2.5.5.14 Measuring High Frequency Signal Loss and Propagation on Printed Board with Frequency Domain Method
- JPCA-UB01-2017 電子回路基板規格 第3版
- JPCA-KHS01-2021 フレキシブルプリント配線板の高速伝送線路試験法ガイドライン 第2版